2009年05月01日
リトル・サイゴンの弾痕

ロスアンジェルスのダウンタウンで売春婦とヴェトナム難民が連続して殺された。コワルスキーとマガイア両刑事は同一犯人のしわざと見て、最近目立ってきたヴェトナム難民の街に分け入ってゆく-
裏表紙ストーリー紹介より
郵便受けに手紙が一杯になっていた。全部取り出すと、彼はうちに入り、カウチにどさっと投げ出した。手紙は後まわしにして、靴を蹴っ飛ばして脱ぎ、ネクタイと銃を外してから、グラスに氷を二個入れ、グレンリヴェットを注いだ。
コワルスキーとブルー・マガイアという、パートナーを組んでいる二人の刑事が主人公のシリーズで、グレンリヴェットを飲んでいるのはマガイアのほうです。叩き上げのコワルスキーとは対照的な、莫大な遺産を父親から受け継いで、ロスアンジェルスの市街を一望できる高台の邸宅に独りで暮らし、ポルシェを乗り回す、ハーヴァード大学の修士号をもつハンサムな若者です。しかし、一途なキャラクターで嫌味は感じません。
グレンリヴェットは、イタリア製の高級ローファーなどとともに、ステイタスのシンボルとして描かれています。
あまり知られていないし、すべての作品を読んだわけでもないけれど、好きな作家のひとりです。
前作の「刑事コワルスキーの夏」は、敵役のヒッチコック兄弟の末路が切なく、ノン・シリーズの「真夜中の相棒」と「悪い奴は友を選ぶ」にしても、女流だからといって女らしい優しさではなくて、あくまで男臭いタッチでありながら、犯罪者もまた弱者である、というホワイトの目線の低さは変わらず、現実の世界では彼らに同情の余地などまったくないと思っていても、ついほだされそうになってします。
「登場人物のこまやかな心理描写、彼らの醸し出す雰囲気、あるいは熱気によって読者を魅了する作家のように思われる」と、「刑事コワルスキーの夏」のあとがきで訳者の飯島宏氏が記した感想に、ぼくもまったく同感で、かれこれ20年近く新作が出ておらず、忘れさられつつあるのが寂しいですね。
シリーズ・リスト
「刑事コワルスキーの夏」 文春文庫 1985
「リトル・サイゴンの弾痕」 文春文庫 1987
2009年01月13日
モンキーズ・レインコート

車をガレージにいれ、エンジンをきって、奥のドアから台所にはいった。彼女は戸締りに気をつけてくれと言い、わたしは見せつけるようにして掛け金をおろした。こういうときにはスコッチにかぎる。そう思って、居間にいき、グレンリヴェットとグラスを二個とりだした。台所にもどったとき、彼女は手にR・H・フォーシュナーのステーキ・ナイフを握りしめていた。わたしはグラスに氷をいれ、スコッチを注いで、ステーキ・ナイフのかわりにグラスを握らせた。
「飲みなさい。そのあといっしょに家のなかを見てまわりましょう」
わたしは一気に酒を飲みほすと、氷を捨てて、おかわりを注ぎ、それもまた一気に飲みほした。グレンリヴェットの滑らかで、こくのある味わいに勝るものはない。とりわけ人を殺したあとは。
白いジーンズにアロハ・シャツのうえから白いコットン・ジャケットをはおり、ジャマイカン・イエローのコンヴァーチブルの66年式コルヴェットを乗り回し、誰彼かまわずへらず口をたたき、クライアントから「二十年前なら、あなたはジョン・カサヴェテスで通ったかもしれないわね」と皮肉られる、ロスアンジェルスの私立探偵、エルヴィス・コール。
いかにもウェスト・コースト風な、潔ささえ感じるほどストレートなキャラクターです。
第2作の「追いつめられた天使」が邦訳された当時、ミステリーどころか小説すらほとんど読まない友人が、なぜかこのシリーズは知っていて、主人公について熱く語るのに驚き、みょうに感心した覚えがあります。

その日の夕方、テリー・イトウが家にきて、はいっていいかときいた。わたしはもちろんと答えて、居間に通した。
「娘は救われるだろうか」
「たぶん」
イトウはうなずいた。「ユウキ・トリフネが何者かに殺されたらしい」
「ああ。よくあることだ」
またうなずいて、右手をさしだした。「ありがとう」
握手。
イトウはもってきた茶色の紙袋をあけて、グレンリヴェットのボトルをとりだし、いっしょに一杯やってから、立ち去った。その夜の八時までに、ボトルはからになり、わたしはソファーの上で眠りにおちた。そして、二時間後に眼をさまし、それからは一睡もできなかった。
タフガイを気取っているのに、バーボンでなくモルト・ウイスキーを好むあたりはスノッブらしく、どこかスペンサーを彷彿とさせます。たしかに、主人公のパートナーもホークみたいだし、ロバート・B・パーカーのファンなら、西海岸のスペンサー、として楽しめるでしょう。
作者は、ブルース・ウィリスの主演で映画化もされた「ホステージ」で高い評価を得た、ロバート・クレイスです。

ちょっとあざとい展開だけれど、原作と映画、いずれも面白いです。
シリーズ・リスト
「モンキーズ・レインコート」 新潮文庫 1989
「追いつめられた天使」 新潮文庫 1992
「ララバイ・タウン」 扶桑社ミステリー 1994
「ぬきさしならない依頼」 扶桑社ミステリー 1993
「死者の河を渉る」 扶桑社ミステリー 2000
「サンセット大通りの誘惑」 扶桑社ミステリー 2000
2008年12月14日
ケープ・コッド危険水域

ドクと呼んでもらおう。
わたしはチャールズ・アダムズ。妻メアリー、もう大人といっていいふたりの息子と、マサチューセッツ州コンコードに住む医者である。専門は口腔外科、これは医師と歯科医師をかね、抜歯と、顔面下部および顎部の、一般ならびに美容整形をおこなう。
最近手がけたいちばん面白い手術は、迅速にして瞬間的、しかも手術道具や麻酔の助けをかりなかった。人間の頭をまっぷたつに断ち割ったのだ。むろん故意にである。患者は死んだから、手術は成功だった。
まあきいてくれ。なにもこっちからのぞんだわけじゃない。もしもあの座礁漁船をこっそり見たとき、それがすべての苦痛と殺害のはじまりになるだろうといいだす者がいたら、わたしは狂人呼ばわりしただろう。あのときはほんとに、無害この上なく見えたのだ。船は潮の引いた砂地に、ただすわり込んでいた。だれが見ても、ウィンスロー・ホーマーの水彩画さながら……
ドクといえばチャールズ・アダムズ、と言い切ってもいいぐらい冒険小説の読者のあいだで有名な、ドク・アダムズが主人公のシリーズの第1作が、「ケープ・コッド危険水域」です。
家庭は円満、仕事も順調で何不自由なく暮らしているのに、人生に倦んで「中年の危機」の只中にいるドクは、妻のメアリーや義弟のジョーの心配をよそに、凶悪事件に首を突っこんでばかりいます。
同じ「中年の危機」に瀕していても、ぼくとはまったく意味合いが違う贅沢な悩みですな。
彼は-面白くないのだろう-黙ってきいていた。
「最初の二つは簡単だ。三つ目はわたしの管轄外だから-」
「それはないだろう、ジョー。とぼけっこなしだ」
「じゃ、最初の二つをやって、三つ目についても努力したら、勘弁してもらえるだろうな」
「さしあたってはね」
「わかった」
電話は切られた。だが、わたしは一向に気がささなかった。ハットン号の大追跡作戦のあいだ、彼はわが家に寝泊まりして、わたしのグレンリヴェットを一本あけてしまったのだ。畜生めが。
大切にしていたボトルを飲み干されて、ドクを口惜しがらせているグレンリヴェットも、いつのまにか庶民にも手の届くウイスキーになりました。ありがたいことです。それとも、ありがたみがなくなったというべきでしょうか。
しかし、住人のほとんどが懐具合の寂しい私立探偵と刑事のミステリーの世界では、シングルモルトはまだまだ高嶺の花で、彼らはもっぱら、アメリカならビールとバーボン、英国ならエールとブレンディッド・スコッチで我慢しています。
バルヴェニーの香りを嗅ぎ分けられるほどシングルモルトに堪能な、イアン・ランキンのリーバス警部でさえ、ふだん持ち歩いているのはベルの小瓶ですし、レックス・スタウトのネロ・ウルフや、最近だと、「くまのパディントン」の生みの親としても知られる、マイケル・ボンドのパンプルムースと愛犬のポムフリットのコンビら、食通で鳴らす探偵もなかにはいるものの、連中が愛してやまないのはワインとブランデーですから。
シリーズ・リスト
「ケープ・コッド危険水域」 早川書房 1984
「幻のペニー・フェリー」 早川書房 1986
「デイジー・ダックス」 早川書房 1989
「ナンタケットの墓標」 ハヤカワ文庫 1992



