2009年04月10日
ラット・シティの銃声

冒頭に「さらば愛しき女よ」の大鹿マロイを彷彿とさせる大男が登場したり、主人公と秘書の関係がどこかマイク・ハマーとヴェルダを連想させたりと、レイモンド・チャンドラーとミッキー・スピレインへのオマージュというか、パスティーシュというか、中辻理夫氏のあとがき通り、「軽ハードボイルド」なタッチの作品です。
検視室の隅のデスクまで行くと、彼は引出しを開けた。”フォア・ローゼス“のボトルの脇に、銃身を短く詰めた三八口径が見えた。
「そいつを使う気は?」わたしは訊いた。
「撃つとしたら、自分だろうな」彼は銃には手をつけず、ウィスキーを取りだした。それでも、酒が注がれるあいだに、わたしは引出しを閉めた。
「安酒にしちゃあ、悪くない」わたしは、酒が喉を焦がすのを感じながら言った。「おかげで、舌が滑らかになって質問する気になったぜ。さあ先生、食前酒を召しあがったからには、答えてもらおうか」
「これは、食後の一杯だよ」プレスコットは一杯めを一口で飲み干し、二杯めを注いだ。
主人公が飲むウイスキーも、フィリップ・マーロウとハマーが好きなフォア・ローゼズです。
ストーリーの展開やキャラクターの造形がストレートな、こんなミステリーを読むのもたまには悪くはないですね。まさしくフォア・ローゼズのバーボン・バックみたいに気軽に楽しめます。炭酸が弾けるがごとくたちまち忘却のかなたへ消えそうな一冊、ともいえますが。
2008年12月17日
幻 影

わたしのかつてのパートナー、エバハートが死んだ。自らの胸を撃ち抜いて。一方、事務所に現れた男は、不治の病の息子のため前妻を探してほしい、と訴えた。消えた女を追いながら、わたしは、エバハートの失意の日々を辿っていく。
裏表紙ストーリー紹介より
ビル・プロンジーニの名無しの探偵シリーズの24作目は、エバハートの葬式のシーンで始まります。
エブは、サンフランシスコ市警の元警部で、警察学校で知りあい、前妻との結婚式で介添え人を務めたほどの親友でした。第12作の「亡霊」から未訳の第20作の「Epitaphs」で仲違いするまで、仕事上のパートナーでもありました。
彼を狙った銃撃事件に巻きこまれる第8作の「標的」や,二人の恋人を巡る痴話騒ぎがおかしい第14作の「骨」など、シリーズに欠かせない存在だっただけに、ファンにとってはショッキングなプロローグです。
フォア・ローゼズのびんがあった。半分空っぽだ。そして、二つの汚いグラス。
あまりにも月並みな光景なので-私立探偵のデスクの一番下の引き出しにバーボンのびんがあるという光景のことだ-別の状況なら、滑稽だっただろう。
名無しの探偵は、エバハートの事務所を訪れて彼が荒んだ生活を送っていたのを知り、フォア・ローゼズのボトルを目にします。
「これからおれたちはエバハートの話をするんだ。」わたしは言った。「おれとおまえと二人きりでな、フォーブズ。おれが知りたいことをすべて、おまえが話してくれるまでだ」
返事はない。やつはそこにすわったまま、協力せずに、好戦的な態度を呼び戻そうと努めていた。
「あいつはおまえをつかまえたんだろ?土曜日か日曜日に、現行犯で」
やつの目はきょろきょろ動き、体は引き攣った。「何の話か、さっぱりわからないぜ」
「あいつは横町で見張っていたが、手遅れになるまで、おまえは知らなかった。おまえが倉庫にはいり、酒のケースを持って出てきたところを、あいつはひっつかまえた。あいつにどれだけのサワーマッシュを渡したんだ?」
「何の話なのか、さっぱりわからないぜ」
「あいつは安いウィスキーを飲んでいた-フォア・ローゼズを。あいつにはそれしか買えなかった。だが、死んだ夜、ジャック・ダニエルズのびんを抱えていた。おまえから手に入れたはずだ」
日本でのフォア・ローゼズのイメージは決して悪くなく、「とげのないバラ」の軽やかな口当たりが愛されていますが、アメリカでは安物のウイスキーと見なされているようです。
たしかに、一般にイエロー・ラベルしか流通しておらず、そのうえ、ブレンディッドの扱いをされていると聞いたことがあります。
ただし、そういった事情が品質の低さを意味するわけではないのは、日本においての人気の高さが証明しているでしょう。それとも、ドメスティック・ヴァージョンは中身が違うのかな。
ちなみに、名無しの探偵本人は、肺がんに怯えて禁煙するぐらい健康に気遣っているので、ハードリカーのウイスキーはほとんど飲みません。だいたいビールかワインで、ブロンジーニの好みも同じらしく、本作やコリン・ウィルコックスと共著した「依頼人は三度襲われる」のように、何度かワイナリーを舞台にしていて、カリフォルニア・ワインについての知識を披露しています。
とにかく、ウイスキーはあまり登場しないけれど、好きなシリーズだけに邦訳が減っているのは残念ですね。この作品も、エバハートが死ななければ陽の目を見なかったかもしれないと思うと、いよいよ寂しさが募ります。
シリーズ・リスト
「誘 拐」 新潮文庫 1977
「失 踪」 新潮文庫 1978
「殺 意」 新潮文庫 1980
「暴 発」 徳間文庫 1987
「依頼人は三度襲われる」 文春文庫 1980 コリン・ウィルコックスとの共著
「死 角」 新潮文庫 1981
「脅 迫」 新潮文庫 1983
「名無しの事件ファイル」 新潮文庫 1984 中編集
「迷 路」 徳間文庫 1987
「標 的」 徳間文庫 1988
「追 跡」 徳間文庫 1988
「復 讐」 徳間文庫 1985
「亡 霊」 徳間文庫 1989
「ダブル」 徳間文庫 1989 マーシャ・マラーとの共著
「骨」 徳間文庫 1989
「奈 落」 徳間文庫 1990
「報 復」 徳間文庫 1990
「凶 悪」 講談社文庫 2000
「幻 影」 講談社文庫 2003



