2008年12月11日
倒錯の舞踏

ハードボイルド小説を連山に例えるなら、ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズは、間違いなく高峰のひとつでしょう。個人的には、田口俊樹氏の訳文も含めて、清水俊二氏のフィリップ・マーロウに比肩する名峰だと思います。
この「倒錯の舞踏」は、いわゆる倒錯3部作の2作目、シリーズを通すと9作目にあたり、「八百万の死にざま」のチャンスや「慈悲深い死」のミック・バルーなど、印象深いキャラクターが再登場して、陰鬱なテーマの物語に賑わいを与えています。
店の中は饐えたビールと下水の臭いがした。中にはいると、バーテンダーがいかにも面倒臭そうに顔を起こした。カウンターについていた五、六人の年配の呑んべえたちは、私のほうを振り向きもしなかった。彼らのそばを通り、ジョー・ダーキンが壁を背にして坐っているテーブルのところまで歩いた。テーブルの上には、吸いがらの溢れた灰皿と、ロック・グラスとハイラム・ウォーカー・テン・ハイのボトルが置かれていた。そのようにボトルごと給仕するのは、州の酒類販売条例に違反する行為である。が、金のバッジを見せられると、喜んで法を破る人々が世の中には何人もいる。
スナッフ・フィルム、殺人ビデオを偶然目にしたスカダーは、犯人の目星をつけて、友人のジョー・ダーキン刑事に通報します。しかし、ダーキンは立件するのが難しいとスカダーに告げたあと、バーボンのテン・ハイを飲みすぎて悪酔いしてしまいます。
テン・ハイには、いかにも場末のバーで酔いつぶれるのに似つかわしいイメージがありますが、ハイラム・ウォーカー社時代のボトルは、ドライななかにも、本来、カナダのウイスキー・メーカーらしい爽やかな風味が感じられ、ぼくは嫌いではないですね。
たんに安いだけで、全米で五指に入るほど売れたわけもないでしょうし、ジム・マーレー氏も、「スコットランドへ誘われるようなモルティさがある」と評しています。とくに、10年もののテン・ハイ・テンは名酒といってもいいです。
ハイラム・ウォーカー社がアライド・ライオンズ社の傘下に下ったことで、1990年代からはバートン・ブランズ社が生産しています。
ブランドネームは、カードゲームのポーカーの最高の役札、テン・ハイ、すなわち、10からエースまでのストレート・フラッシュを意味しています。蛇足ながら、ポーカーは、1830年ごろにアメリカで考案されました。当時の役札は、ワンペア、ツーペア、スリーカード、フルハウスだけで、南北戦争の前後にストレートが、遅れてフラッシュが加わり、いまのルールにほぼ整えられたそうです。

シリーズ・リスト
「過去からの弔鐘」 二見文庫 1987
「冬を恐れた女」 二見文庫 1987
「一ドル銀貨の遺言」 二見文庫 1989
「暗闇にひと突き」 ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1985
「八百万の死にざま」 ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1984
「聖なる酒場の挽歌」 二見文庫 1986
「慈悲深い死」 二見文庫 1990
「墓場への切符」 二見書房 1991
「倒錯の舞踏」 二見書房 1992
「獣たちの墓」 二見書房 1993
「死者との誓い」 二見書房 1995
「死者の長い列」 二見書房 1995
「死刑宣告」 二見書房 1996
「皆殺し」 二見書房 1999
「死への祈り」 二見書房 2002
「すべては死にゆく」 二見書房 2006



