2009年07月25日
雨のやまない夜

なにもかも思い過ごしであってくれ-タクシー運転手のクーパーは、恋人ダイアナの帰りを不安な面持ちで待っていた。数日前、昔の知り合いと称する男が現れてからというもの、彼女の態度がどこかよそよそしい。二人の間にはいったいなにが? ダイアナの過去を探りはじめたクーパーは、やがてポルノ業界の大立者をめぐる恐喝事件への渦中へと……
裏表紙ストーリー紹介より
ハードボイルド小説のなかでもとりわけウェットな筆遣いにファンの多い、シカゴのタクシー・ドライバー、クーパー・マクリーシュのシリーズの第2作です。
クーパーの最愛の女性、ダイアナのまえに、一人の男がふらりと現れます。彼女が若いころ、一緒に働いていたというミュージシャンでした。一度、ブルースの本場のシカゴに訪れてみたかったと言い、昔のよしみで何日か泊めてほしいと、頼みこむ男をすげなく追い返すわけにもいかず、ダイアナが部屋を貸すことをクーパーも許します。
しかし、男はある目的のためにダイアナを利用しようとしていたのでした。
日曜の夜おそいシェリダン・ロードには、あまり人がいなかった。車が何台か通り過ぎていったが、歩道はほとんど人通りが絶えていた。クーパーは、リカー・ストアからジム・ビームのびんをかかえて出てきた。ウィスキーを買って帰りたい気分だった。歩道に出た彼はびんのシールをむき、栓をひねって茶色い紙袋に包んだままウィスキーに口をつけた。玉突き場のほうをもう一度振り返ると、戸口に水兵が立ってこちらをにらみつけているのが見えた。にらみ返してやると、若い水兵はこわきにキュー・ケースをはさんで向きを変え、高架鉄道の駅のほうへ去っていった。クーパーは頭を振り、北へ向かった。
二人のただならぬ雰囲気に心を乱されつつも、大人の態度を保とうとするクーパーですが、しだいに募る焦燥と不信感に耐えられなくなり、つい酒と喧嘩に走ってしまいます。
そのあたりの切なさにこちらまで身につまされ、近ごろとんとご無沙汰な、あれやこれやな出来事を思い出してしまいました。
まったく、いまだに恋愛ひとつ成就できない人生ですな。
シリーズ・リスト
「長く冷たい秋」 ハヤカワ・ミステリ文庫 1993
「雨のやまない夜」 ハヤカワ・ミステリ文庫 1994
「春までの長い闇」 ハヤカワ・ミステリ文庫 1995
「過ぎゆく夏の別れ」 ハヤカワ・ミステリ文庫 1996
2009年05月28日
流 出

ブライアン・フリーマントルのチャーリー・マフィンのシリーズの第10作です。
「亡命者はモスクワをめざす」と「報復」に続くエピソードで、核物質の流出を阻止するために、チャーリーは体制が崩壊して混乱のさなかのモスクワへ派遣されます。
プロットはよく出来ているのですが、フリーマントルの筆致にいつもの冴えがなく、とくに後半は結末を急ぐかのように単調です。作家も自覚していたのか、拷問シーンを加えるなどテンションを保とうとしてはいるけれど、気分のいい描写ではないです。
なんて愚痴をこぼしつつも、しばらく発表のペースが落ちていたので、すぐにチャーリーと再会できただけで嬉しかったですね。
ライナムはそこまで一気に悪口をまくし立て、ついに息を整えるために間を取った。そして、仕事がうまくいかない不満を紛らすために、下段の引き出しからジム・ビームのボトルを取り出した。チャーリーは勧められるままにうなずいたが、タンブラーが半分も満たされるとはほとんど予想していなかった。「長年のうちに程度というものを忘れてしまってね」と、彼は詫びをいった。
FBIのモスクワ支局長と対面したときに、チャーリーはジム・ビームを飲んでいます。
ウィスキーはアイラともマッカランともまるで違っていたが、それはそれでなかなかの味だった。
アメリカの読者へのリップサービスなのか、バーボンをさりげなく誉めるあたり、チャーリーと同じく、フリーマントルも立ち回りがなかなかお上手ですな。でも、マッカランを相手にするならジム・ビームではちょっと役不足で、ワイルド・ターキーぐらいでないと勝負にならないでしょう。
ジム・ビーム・ブランズ社は、ドイツ系移民のヤーコブ・ベーム、ジェイコブ・ビームが、1795年にワシントン郡に建てた蒸留所にその歴史をさかのぼります。
息子のデヴィッド、孫のジョゼフ、デヴィッド・M、ジャックもそれぞれに成功をおさめ、1880年にジェイコブの曾孫のジム・ビームことジェイムズ・B・ビームが、16歳でD・M・ビ-ム&D・M・ビ-ム蒸留所で働き始めました。
1894年、妻の兄弟のアルバート・J・ハートをパートナーに蒸留所のオーナーになり、蒸留所の名前をビーム&ハート、次いで、J・B・ビーム、クリア・スプリングに改めています。
禁酒法の施行で蒸留所の売却を余儀なくされるものの、1934年にブリット郡のマーフィー・バーバー蒸留所を入手して、息子のジェレマイアとともにウイスキー造りを再開し、1942年、自負をこめてみずからのフルネームを冠した、このジム・ビームを発売しました。
ジェイムズは1947年に83年の生涯を終え、1967年にジム・ビーム・ブランズ社がアメリカン・タバコ社の傘下に下ったあとも、経営はビーム一族が担っています。
母体のアメリカン・タバコ社、現在のフォーチューン・ブランズ社については、経営の多角化と失敗、ファンドによる投機的な買収、本分のタバコ事業の売却と、ウイスキーとあまり関わりがなく、今回は、1969年にアメリカン・ブランズ社、1996年にフォーチューン・ブランズ社に社名を変更したことだけを記しておきます。
シリーズ・リスト
「消されかけた男」 新潮文庫 1979
「再び消されかけた男」 新潮文庫 1981
「呼びだされた男」 新潮文庫 1982
「罠にかけられた男」 新潮文庫 1986
「追いつめられた男」 新潮文庫 1986
「亡命者はモスクワをめざす」 新潮文庫 1988
「暗殺者を愛した女」 新潮文庫 1989
「狙 撃」 新潮文庫 1993
「報 復」 新潮文庫 1998
「流 出」 新潮文庫 1999
「待たれていた男」 新潮文庫 2002
「城壁に手をかけた男」 新潮文庫 2004
2009年02月12日
ネオン・レイン

ジェイムズ・クラムリーが、「夢が実現した。すばらしい人物造形と、緻密なプロットと、詩情あふれる文章で、純文学と探偵小説のギャップを埋める作品だ……本当にうらやましい」と絶賛した、ジェイムズ・リー・バークのデイヴ・ロビショー・シリーズの第1作です。
コロンビアの麻薬組織に狙われていると死刑囚に忠告された、ニュー・オーリンズ警察の警部補のロビショーは、事実かどうかを調べて回ります。
そして、二週間まえの休日、若い黒人女性の溺死体を発見したことと関係しているのを突き止めたとき、ロビショーに協力を求めた連邦捜査官が殺され、彼も大怪我を負います。
アニーは笑みをうかべながら、姿を消した。私はここ何年も経験したことがないほど落ちこみながら家に帰った。
なぜなのか?実のところ、長いあいだやめていた酒をまた飲みたくなったからなのだ。軽く一杯やろうかという気持ちになったのとはちがう。赤い革のブースがあり、長い壁の鏡の前には積み重ねられたグラスがきらめきながら並んでいる上品なマホガニーのカウンターで、軽くマンハッタンをひっかけるというような飲み方をしたかったのではない。私が飲みたかったのは、もっと強力な酒だ。ジャック・ダニエルを生ビールで割ったやつ、ウォッカのオン・ザ・ロック、かたわらに水をおいてジム・ビームのストレート、息が詰まって悶え苦しむほどのテキーラ。私はそのすべてを、ディケーターやマガジン・ストリートの古ぼけた安酒場で飲みたかった。どんなふうに酔っぱらっても責められることがなく、鏡に映る自分の怪物並みの顔も、窓を打つ、ネオンに照らされた雨のように平凡に思える酒場で。
ベトナム戦争のトラウマを抱え、アルコールに救いを求める破滅型の主人公は、ハードボイルド小説では珍しくなく、プロットもことさら凝ってはいません。しかし、痛みや臭いまで感じさせるリアリスティックな描写と、心象の詩的な比喩の対比が鮮やかで、「クライム・ノヴェル界のウィリアム・フォークナー」との評価も、あながち的外れではないと思います。
たしかに、フォークナーか、ヘミングウェイか、あるいは、同郷のカポーティあたりを思わせる文体ですね。

夕方頃、燃料タンクが空になった。私の足もとには、解けた氷と、びしょびしょの茶色い紙袋と、ジャックス・ビールの空瓶がころがっていた。私は岸までボートを漕いでいき、鉄の錨を岸に投げると、薄暮のなか、未舗装の道を黒人相手の安酒場まで歩いていき、ビールの六本詰めパックとジム・ビームの小瓶を買った。それから、ボートをバイユーの中央に戻し、流れに乗って漂っていった。あたりではホタルが舞い、ワニのようなサヨリが水面すれすれを泳いでいた。私はウイスキーをラッパ飲みし、そのあと口直しにビールを飲み、待った。ウイスキーはかまどの扉を蹴りあけ、私を一枚のセロハンのように焼きつくすことがある。何日間も静かな幸福感に酔い、しらふで通す自制心を保てることもある。そして、記憶をのぞきこみ、忘れていたときを-フィルムを熱い石炭で溶かすように、燃やしつくすことができたらいいと願っているときを-見ることもある。

地獄の魂たちのことを描いた木版画をふくむ宗教本を読んで、わたしはひとりわが家にいた。不意に、わたしはその絵のなかにひきずり込まれたような感覚に、自責と絶望の湖のなかに永遠に捉えられたような感覚におちいった。恐怖と罪悪感にうちひしがれ、郡司祭の大丈夫という保証もなんの救いにもならないように思われた。
やがて、成人するにおよんでこのような瞬間が訪れるや、わたしは酒に逃避した。それも煙のくすぶる濡れ落葉のたき火から離れて立ち、火にグラス一杯のガソリンを投げ込むのにも似て、はんぱな呑みかたではなかった。汗をかくジャックス・ビールをわきにはべらせ、ビームだのジャック・ダニエルズをストレートでぐびぐび飲った。蜘蛛を巣に蹴散らすべく、朝はウォッカだった。そして、正午にはグラスにほとんど一杯といってもいいストレートのワイルド・ターキー。樫やヤシの木が陽に焼かれだす昼さがり、さらにはポンチャートレイン湖を潮風がよぎりだす午後の世界といったものが見透せるようになるまでフランケンシュタインを地下の隠れ家に閉じ込めておくためだった。
ただ、クラムリーにも通じることだけれど、大衆文学のミステリーとしては内省的で修辞的に過ぎる、はっきりいえば、くどい、といえなくもないわけで、そのあたりは好みの分かれるところでしょう。
ちなみに、第2作の「天国の囚人」が、発表から5年後の1996年に早くも映画化されています。

監督のフィル・ジョアノーはあてにならないし、主演がアレック・ボールドウィンだけにまったく期待せずに観たら、意外にもB級なりによく出来ていました。
ニュー・オーリンズが舞台なので、テネシー・ウィリアムズの「欲望という名の電車」で有名な路面電車のチェイス・シーンなど、多少の脚色は加えられているものの、台詞を含めて原作にかなり忠実で、ババ・ロックのエリック・ロバーツやパディストの役者もなかなかよく、バーグが満足しているとコメントしたのにも頷けます。
でも、ケリー・リンチもメアリー・スチュアート・マスターソンも、しばらく見ないあいだにすっかりしぼんじゃっていて、肝心のボールドウィンが、予想にたがわずやっぱりボールドウィンでした。
とにかく、現在の探偵小説を代表するこのシリーズですら邦訳が途絶えてしまっている、昨今の海外ミステリーの売れゆきの不振ぶりは目を覆うばかりで、買う金はないわ買いたい本もないわと、二重の不況に見舞われてファンは瞼を腫らしています。
シリーズ・リスト
「ネオン・レイン」 角川文庫 1990
「天国の囚人」 角川文庫 1991
「ブラック・チェリー・ブルース」 角川文庫 1990
「フラミンゴたちの朝」 角川文庫 1992
「過去が我らを呪う」 角川文庫 2001
「エレクトリック・ミスト」 角川文庫 1997
「ディキシー・シティ・ジャム」 角川文庫 2001
「燃える天使」 角川文庫 2002
2009年01月31日
狩りのとき

冒険小説の傑作、スティーヴン・ハンターのボブ・リー・スワガー・シリーズの第4作が、この「狩りのとき」です。
かつて、たった二人のチームで北ベトナム軍の一個大隊を撃退した、伝説的なスナイパーのスワガーは、何度も死線を乗り越え、ようやく平穏な暮らしを手にしました。しかし、幸せもつかのま、何者かの狙撃によって妻が重傷を負い、愛する家族を守るために、彼は見えざる敵との対決を迫られます。
男は居間にある他人の椅子に腰かけて、まえのテーブルに自分が置いたものをみつめていた。部屋のあれこれはすべて、他人のものだ。五十二歳になって、自分の持ちものがなにもないとは。アリゾナに持っている地所はいまや休閑地と化し、アーカンソーの地所は放棄されたも同然の状態にある。年金がもらえ、妻の実家がそこそこの富を持っているとはいっても、五十二年の人生の証となるものはろくになかった。
実際、五十二年の人生の証となるべきものはただひとつであり、まえのテーブルに置いてあるものがそれだった。
バーボンのクォート・ボトル。ジムビームの白ラベル。最高級のやつだ。もう長年、ウィスキーの味にはごぶさたしている。いったん飲んだが最後、自分がだめになってしまうことはわかっていた。それに身を委ねるのは、心を麻痺させるその無感覚状態は、ほかの方法ではどうしても追いはらえないあれこれから救いだしてくれるから、いともたやすいことだ。
まあ、いいさ、今夜はウィスキーを飲もうぜ、と彼は思った。
狙われる理由が従軍していたころの出来事に遡ると考えたスワガーは、当時の記憶を呼び覚まそうと、長らく遠ざけていた酒を口にします。そのウイスキーが、15年まえに買ったまま手つかずだったジム・ビームです。
ボブはボトルの封を切りにかかった。それはちょっと抵抗したが、すぐにぱりっと乾いた音を立て、安ものの金属とガラスがこすれあう感触とともに、陥落した。キャップをまわして外し、それをテーブルの上に置いてから、指二本分の量をグラスにつぐ。なんのにごりもなく、水のようにさらりとしている。経年変化のまったくない茶色の液体が、グラスにおさまった。彼はそれを、みつめていればなにかの意味が読みとれるとでも思ったように、じっとみつめた。しかし、なんの意味もみえてこなかったので、しばらくしたところでグラスを持ちあげて、口に運んだ。
まず、香りが心を打った。まえはとてもよく知っていたのに、失ってひさしいなにか、たとえば亡くなった兄弟に自分の名を呼ばれたような感じというか、かぎりなく親しげで、誘惑的で、抗しがたい香り。そう、それがウィスキーというやつなのだ。ウィスキーはあらゆるものを奪い、あらゆるものを生みだす。なんとすばらしく、また、なんといまいましいものでもあることか。
五感すべてに訴えかけてくる描写で、活字を追っているうちに無性にバーボンが飲みたくなりました。ジム・ビームではないけれど。
ひと口やると、ゆるやかに燃える火のような熱さと、煙があがりそうなほどきつい焦げくささが舌の上で爆発して、身が縮みあがった。目がかっかし、鼻がぐずぐずして、まばたきをしたとき、ウィスキーが口のなかにひろがって、歯のあいだまで染み入ってくる感触があった。思いなおそうとするなら、この瞬間でも遅すぎるわけではなかったが、そうはせず、それを飲みくだすと、ナパームを嚥下したような不快な灼熱感が喉をおりていって、胃壁を打ち、液体の第一波が爆発して、あたり一面に火をつけた。
思いだした。そうせよと、心を強いたのだ。
本作はシリーズの集大成となる一作で、ほかの作品を読んでいなくても十分に楽しめます。というか、これで終わりにしてほしかった。
ちなみに、第1作の「極大射程」が映画化されましたが、期待が大きかったぶん、やや不満の残る内容でした。ジェイスン・ボーンのトリロジーと比べてしまったからかな。マーク・ウォールバーグとマット・デイモン、主演はどちらも似たような猿顔なのにね。

シリーズ・リスト
「極大射程」 新潮文庫 1999
「ダーティホワイトボーイズ」 扶桑社ミステリー 1997
「ブラックライト」 扶桑社ミステリー 1998
「狩りのとき」 扶桑社ミステリー 1999
「背徳の都」 扶桑社ミステリー 2001
「最も危険な場所」 扶桑社ミステリー 2002
「ハバナの男たち」 扶桑社ミステリー 2004
「四十七人の男」 扶桑社ミステリー 2008



