ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2009年10月22日

ただでは乗れない




















 私の追っていた弁護士は、レストランの駐車場で撲殺されていた。八百万ドルにも及ぶ横領が発覚し有罪となったが、証券取引委員会にすべてをぶちまけると宣言し、ある場所に隔離されていた男だ。こうなると、不利益を被った法律事務所からの依頼も水の泡だ。誰が何を目的として、彼を葬ったのか。私はいつのまにか事件に深入りし、気づいたときはのっぴきならない状況に追い込まれていた。
裏表紙ストーリー紹介より

 目を開けると、バーンスタインの姿はなかった。サンディと二人きりだった。カウチで私の横に座っていた。ひどく喉が渇き、彼女がもっている飲物に口をつけた。
「すまなかった。メチャメチャにしてしまった」
「いいのよ。彼、口実がほしかったんだから」
「恋人はたくさんいるのか?」
「自分の欠点と罪を他人に投影するのは、よくあることよ。彼もそれをしたの」
「すまなかった」もう一度謝った。彼女が身を寄せてキスをした。柔らかく、清楚で、しっとりとしたキスだった。けがをしていない方の腕を彼女にまわした。そのキスは、クリームとイチゴ、ウィスキーとソーダ、春と自転車、といった組み合わせと同じように、鎮痛剤と組み合わさったキスだった。


 主人公のトニイ・カッセーラは、薬と縁を切れずにいるジャンキーで、嫉妬深い内縁の妻に隠れて依頼人の女と関係したり、旦那のいる別れた彼女の世話になったりと、キャラクターの造形だけを見るなら、いまどき珍しくもないオフ・ビートなタイプの私立探偵です。しかし、リーガル・サスペンスの要素も盛りこまれたなかなか巧みなストーリーで、人物もしっかりと描きこまれているし、余韻も悪くありません。
 アメリカのミステリー賞をなにかしら受賞したという、凡そあてにならない金看板もたまには信じてもいいと思えた、拾いものの一冊でした。

 バカ正直にブロドスキイのところへ行った場合、彼にはノーという返事以上のことはできまい。そうなっても、私にはあとから恐ろしいことをして彼の考えを変えさせることもできる。
 ひょっとして「いいとも、読んでくれ!」という答えが返ってくることがあるかもしれないと思い、夕食が終わったころをみはからってブロドスキイの家へ行った。こっちからプレゼントできるものといったら、私のボーイッシュな魅力とジョニー・ウォーカーの黒しかなかった。


 調査に行き詰ったカッセーラは、事件を担当していた法執行官の自宅を訪問して、ジョニ黒を土産に情報を得ようとします。

 私は自己紹介をし、本物の身分証明書を見せて少しばかり時間を、と言った。
「どういうことなんだ?」
「ミスタ・ブロドスキイ、この話は少々込み入っているのです。なかへ入ってもかまいませんか? スコッチがよろしければ、この十二年物を開けて説明させてください。説明を聞いていただいたあとなら、放り出されてもかまいませんから」
「メル、どなた?」奥さんらしい女の声がした。
「スコッチをくれるという人がいるんだ」こう答え、私を入れてくれた。


 どんなウイスキーを贈られたら、皆さんは守秘義務のある情報について口を滑らしますか。ぼくは、シグナトリーのグレン・フラグラーとキリーロッホにアイルブレイを足した詰め合わせか、アイリッシュならダンガニー1本だけで、なんでも話します。ついでに、サービスでプライヴェートのあれやこれやまで包み隠さずに打ち明けますとも、ええ。
 でも、そんな有益な情報に接する立場にないんですよね。耳に入ってくるのは、ジョニー・ウォーカーどころかコーン・ウイスキーのワンショット分の価値にもならない世間話ばかり。

 記事を書いていて、日毎に増すばかりの体重とは裏腹に、社会的なわが身の軽さに気づいてしばし落ちこむ、秋の夜長でした。

シリーズ・リスト

「ただでは乗れない」 ハヤカワ・ミステリ文庫 1987
「見返りは大きい」 ハヤカワ・ミステリ文庫 1989
「最後に笑うのは誰だ」 扶桑社ミステリー 1992