ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2010年01月12日

ピアノ・ソナタ



















 晩秋。ボビーから悲報が舞い込んだ。ブロンクスの老人ホームで深夜勤務についていた警備員の甥が殴り殺されたのだという。地元の不良グループの仕業とみなす警察の判断に納得のいかないボビーは、犯人を突き止めるよう依頼してくる。かつて探偵の手ほどきをしてくれた老兵の頼みに、わたしは基礎調査をリディアに託し、警備の交替要員として単身ホームの懐深く潜り込むことにしたが……?
中扉ストーリー紹介より

 ニューヨークを舞台に、アイリッシュの大男、ビル・スミスと中国娘のリディア・チンのコンビが、ときに反発しあいながらも協力して事件にあたるシリーズの第2作です。

 第1作の「チャイナタウン」はリディア、本書はビルと、1作ごとに交互に主人公が入れ替わる手法がユニークで、性別も世代も人種も異なる二人だけに、雰囲気もがらりと変わり、べつの作家の共著のような印象を受けます。

 ダウンタウンまで渋滞が続いていたので、帰り着いたのは六時半近かった。思ったほど時間の余裕はなかったが、そのうちのいくらかを費やして、ともかくシャワーを浴びた。降り注ぐ湯の下に立ち、痛み、汗、虚ろな目の老人、空疎な未来が待つ若者、見聞きしたこと、さらにはブロンクスを洗い流した。
 体を乾かし、こざっぱりしたジーンズにTシャツ、スニーカーを身に着けた。時間を気にしないですむようにタイマーをセットした後、メーカーズ・マークを一インチ注いで、ピアノの前に座った。バーボンを飲みながら、雑念を払おうと努めた。
 まずは、ウォーミングアップに練習曲をこなした。準備ができると、わたしは呼吸を整えた。それから、一日じゅう頭の中で鳴り響いていたシューベルトの変ロ長調を弾き始めた。この曲を全曲通して弾くようになってから、ほんの一週間かそこらと、まだ間がない。今夜はひたすらそれを弾き、音を結びつけ、まとめ上げたかった。自分にできること、新たに可能になったこと、できると思っていたが不可能なことを実際耳にして、わたしは初めてその曲を理解し始める。


 初めて「チャイナタウン」を読んだときは、無鉄砲で他人の忠告を聞き入れようとしない頑固なリディアにいらいらさせられました。しかし、心中に熾火を燻らせつつも物静かなビルのキャラクターと、リディアに密かに恋心を寄せる彼の心情に同性として共感でき、いまでは新刊が待ち遠しいシリーズになりました。この女流作家、男心をよく分かっています。

 煙草を吸い終わり、一インチ注いだバーボンもなくなった。階下に行く時刻となり、リディアの黒い瞳や、フリージアの香りのする髪、筋肉質の締まった体の温もりを思うと、いくらか心が軽くなった。リディアはさまざまな事柄をわたしとは異なった角度から眺める。協力し合えば、意味のあることと、ないこととを区別し、次に打つ手を決められるかもしれない。リディアと話すのは役に立つだろう。いつもそうだ。
 下の道路に車が停まった。アイドリングの音が聞こえてくる。街頭の明かりで、フロントガラスを通して内部がはっきり見えた。わたしの知らない若い東洋人の男が運転席にいた。隣にいるのはリディアだった。
 男が両手をハンドルに置いたままで、ふたりはなにやら話し込んでいる。リディアが頭を反らし、髪をかき上げる見慣れた仕草をした。それから男のほうに体を傾けた。男が腕を回して抱いた。
 ふたりのキスは長かった。リディアが車から降りてドアを閉め、窓から覗き込んで話しかけた。後ろに下がると、遠ざかっていく車を見送った。
 リディアが向きを変えて道路を渡り始めたので、ショーティーズに入る前にこちらを見上げる場合に備え、急いで窓から離れた。彼女はたいてい、そうする。


 なんとも切ない場面ですね。ぼくと同じ感想を抱いた読者は多いらしく、アメリカのミステリー賞を受賞した3作は、いずれもビルの視点で描いた作品です。

 ちなみに、ビルが練習している、シューベルトのピアノ・ソナタ変ロ長調はこんな曲です。


「飲み物をどうだい。ちょっと早いが、まあいいじゃないか」彼は、再びにやっとした。「バーボンだったね?」キャビネットを開けて、ジム・ビームを取り出した。言わせてもらえれば、バーボン飲みでない人間が置くのにまさにふさわしい銘柄である。彼はバーの冷蔵庫から氷を取り出して大きなグラスに入れ、ひとつにはバーボン、もうひとつにはスコッチを、どちらも予想外にたっぷり注いだ。わたしにグラスを寄越すと、革張りの椅子に落ち着いた。

 男心だけではなくて、バーボンについてもよく分かっていらっしゃいますな。でも、ビルが好きなメーカーズ・マークは、皮肉にも、「バーボン飲みでない人間が置くのにまさにふさわしい」バーボンのジム・ビームに買収されてしまったのだけれど。

 1844年、テイラー・ウィリアム・サミュエルズが、ケンタッキー州ネルソン郡のディーツヴィルの農場でウイスキー造りを始めました。テイラーのウイスキーは評判を呼び、成功した彼はのちに州長官にも任命されています。
 テイラーは1898年に77歳で亡くなり、息子のウィリアム・I・サミュエルズがほかの財産とともに蒸留所を受け継ぎました。蒸留所は1909年に火災で焼失したものの、1913年に再建されています。
 禁酒法による休業を経て、ウィリアムの息子のレズリーが、1934年にワシントン郡のスプリングフィールドに蒸留所を移転して、1938年に4年物のボンデッド・ウイスキー、T・W・サミュエルズを発売します。そのウイスキーは、おもにテキサスやカリフォルニアなどの西部でよく売れました。
 しかし、レズリーの息子のビル・サミュエルズ・シニアは、蒸留所をニューヨークのフォスター・トレーディング社に売却してしまい、蒸留所は1949年にまたもや火災に遭って、わずか15年で操業を終えています。
 いったんはウイスキーの業界から離れたビルでしたが、やはり家業を継ぐことを決意すると、1953年、43歳のときに、1980年に合衆国の歴史的建造物にも指定された、ロレット郡のバークス・スプリング蒸留所を5万ドルで買いとります。

 バークス・スプリング蒸留所の歴史は、1805年にチャールズ・バークスが建てた蒸留所に遡ります。チャールズが1831年に他界したあとも一族によって経営は続けられ、1878年にジョージ・R・バークスが蒸留所を改修したさい、バークス・スプリングと名づけました。
 蒸留所では、バークス・スプリング、オールド・ハッピー・ホロウといったブランドを生産していました。1906年からルイヴィルのジョン・C・ウェラー商会が蒸留所のウイスキーを独占して仕入れ、自社のフェイマス、JCW・ブランドとして販売しています。
 バークス家は、禁酒法の初めごろにアーネスト・ビケットに蒸留所を売却し、ブラウン・カイザー、1943年にグレンモア社、第二次世界大戦後にD・K・カープと何人ものオーナーを経て、さきのビル・サミュエルズ・シニアの手に渡りました。

 ビルは最初のディスティラーにエルモ・ビームを雇い、6年後の1959年、アメリカでは珍しい貯蔵樽のローテーションやワックスによる封印を導入した、伝統的な製法と斬新なアイデアを組み合わせたバーボン、メーカーズ・マークを生み出します。
 ブランドネームは、ビルの夫人のマージが収集していた英国製のマグカップの刻印をヒントにしています。シンボルマークは、五鉾星は蒸留所があるスター・ヒル・ファームスを、Sとギリシャ数字のⅣはサミュエルズ家の4代目にあたるビルを表しており、アウトラインの円周は家族のつながりを、そのところどころが途切れているのは、いったんは蒸留所を手放してしまった、ビルの自戒の気持がこめられているそうです。
 余談ながら、ビルがサミュエルズ家の4代目だというのはじつは彼の勘違いで、本当は5代目だったそうです。

 メーカーズ・マーク・ディスティラリー社は、2005年以降、フォーチュン・ブランズ社の傘下にあり、いっぽう、T・W・サミュエルズのライセンスは、ヘヴン・ヒル社が所有しています。
















 メーカーズ・マークは多くの記念ボトルを発売していて、うえの写真の4本はとくに有名なラインアップです。

シリーズ・リスト  

Posted by THE WHISKEY at 14:30Comments(4)TrackBack(0)メーカーズ・マーク

2009年06月12日

聖なる酒場の挽歌



















 十年前の夏……この当時を思い出す都度、スカダーの脳裏には二人の飲み友達のことが蘇ってくる。裏帳簿を盗まれた酒場の店主と、女房殺害の嫌疑をかけられたセールスマン。彼らを窮境から救うべくスカダーは調査にのりだした。が、事件は予想外に奥深かった!

裏表紙ストーリー紹介より

 ローレンス・ブロックのマット・スカダー・シリーズの第6作で、二見文庫のザ・ミステリ・コレクションの最初の一冊として刊行されました。
 当時のキャッチ・コピーが「バーボン片手にミステリ読もう」で、たしかに、メーカーズ・マーク、ワイルド・ターキー、オールド・フォレスター、ジャック・ダニエル、アーリー・タイムズと、いつにもましてスカダーは多くのバーボンを飲んでいます。たぶん、もっともバーボンのよく出てくるミステリーでしょう。

 モリシーの店は朝の九時か十時までやっていた。ニューヨーク市の条令で決められた酒場の閉店時間は午前四時である。土曜日の夜はそれよりも一時間早い。しかしモリシーの店はそもそももぐり酒場なので、そういった条令に縛られることもないのだった。場所は十一番街と十二番街のあいだの五十一丁目の通りに面して、四階建てのレンガ造りの建物が並ぶ中の二階にあった。そのブロックの建物のほぼ三分の一は廃屋だった。窓は板が打ちつけられているかガラスが割れたままになっており、出入口のいくつかはコンクリート・ブロックで閉鎖されていた。
 モリシー三兄弟はそんな中の建物をひとつ所有していたが、それほど高い買いものではなかっただろう。彼らは三階と四階に住み、一階をアイルランド演劇のアマチュア劇団に貸し、二階で夜遅くからビールやウィスキーを売っているのだった。彼らは二階の中の仕切りを全部取り払い、ひとつの広いスペースにしていた。そして壁の一面をレンガの地肌が見えるまで削り、松材の床はよく磨いてウレタン加工し、柔らかい照明をつけ、壁は額に入れたアイルランド国営航空のポスターと、ピアースの一九一六年のアイルランド共和国宣言のコピー-アイルランド人は神と祖先の名において……-で飾っていた。ひとつの壁沿いにバーがあり、寄せ木細工のテーブル・トップの四角いテーブルが二十か三十あった。
 私たちはふたつのテーブルに肩をぶつけ合って坐っていた。スキップ・ディヴォー、アームストロングの店の夜のバーテンダーのビリー・キーガン、ボビー・ラズランダー、眠そうな眼をした赤毛のヘレンという名の、その夜のボビーのガールフレンド。西四十丁目界隈のイタリア料理店のバーテンダーのエディ・グリロという男、CBSテレビで音響技師か何かをやっているヴィンスという男。
 私はバーボンを飲んでいた。ジャック・ダニエルかアーリー・タイムズかだったにちがいない。というのもモリシーの店にはそのふたつしか置いていなかったから。ウィスキーはほかにスコッチが三種類か四種類とカナディアン・クラブで、ジンとウォッカはそれぞれ一種類だけだった。ビールは二銘柄、バドワイザーとハイネケン。コニャックがひとつと妙なコーディアルが二種類。カルーアもあったと思う。あの年はブラック・ロシアンが流行っていたから。アイリッシュ・ウイスキーが三銘柄、ブッシュミルズにジェイムスンにパワーズというやつ。それらを注文する者は誰もいなかったように思う。それらはモリシー兄弟自身のお気に入りだった。アイルランドのビール、少なくともギネスぐらいは置いてあっても不思議はないのだが、私は一度ティム・パット・モリシーが、壜詰めのギネスはとても飲めた代物ではないと言うのを聞いたことがある。ギネスはこくのある生を大西洋の向こう側で飲むものなのだそうだ。


 スカダーが飲み仲間と立ち寄ったバーに強盗が押し入り、売上げ金が奪われます。数日後、バーに居合わせた男の妻が殺害され、さらに、同席していた男たちが経営しているバーの裏帳簿が盗まれます。
 すべての調査を依頼されたスカダーは、それぞれの事件の核心に一歩ずつ迫っていきます。

「バーボンって下品なのよ」と彼女は言った。「わたしの言う意味、わかる?」
「私はバーボンは紳士の飲みものだと思っていたがね」
「バーボンって下品になるのが好きな紳士の飲みものなのよ。スコッチはヴェストとネクタイと進学予備校。バーボンは自分の中の獣を外に出したがっている、自分の卑しさを見せたがっている愛すべき男たちの飲みものなのよ。暑い夜にじっとしてて、汗なんかかいても気にならないっていうのがバーボンなのよ」
 誰も汗はかいていなかった。私と彼女は彼女のアパートメントにいた。玄関間と台所よりも一フィートほど床が低くなっている居間の長椅子に坐っていた。彼女のアパートメントがあるアール・デコ風の建物は、五十七丁目の通りに面して九番街からほんの数軒西にはいったところにあった。角の酒屋で買ってきたメイカーズ・マークが、ガラスと錬鉄製のコーヒー・テーブルの上にのっていた。彼女のアパートメントのエアコンは、私のよりも静かでずっと性能もよかった。私たちは氷を入れずにロック・グラスで飲んでいた。


 大都会の市井の群像を情感豊かに描いているシリーズのなかでも、この「聖なる酒場の挽歌」は、色褪せた古いスナップ写真を眺めているかのようなノスタルジックな雰囲気に満ちていて、ファンのあいだで評価の高い作品です。もちろん、ぼくも好きですし、今回もウイスキーの登場するページを確かめるつもりで目を通しただけなのに、結局、時間を忘れて読み耽ってしまいました。

 私はバーのほうへ行った。彼女はひとりぼっちでバーの隅に座っていた。眼のまえのグラスの中をのぞき込んでいた。キャロリン・チータム。彼女とは彼女の家に行って以来会っていなかった。
 彼女に何か声をかけたものかどうか迷っていると、彼女が顔を起こし、私の眼を見た。彼女の顔は苦痛にこわばっていた。私がわかるまでに彼女は一、二度まばたきをしなければならなかった。そして彼女の頬の筋肉がぴくっとひきつったかと思うと、眼尻に涙が溢れ出した。彼女は手の甲でそれを拭った。まえからすでに泣いていたようだった。黒いマスカラのついたティシューがバーの上にまるめられていたから。
「わたしのバーボン仲間」と彼女は言った。「ビリー、このひとは紳士よ。このわたしの紳士の友達においしいバーボンを一杯あげてくれない?」
 ビリーは私を見た。私はうなずいた。彼はバーボンを数オンスと、ブラック・コーヒーをいれたマグを持ってきた。
「わたし、あなたのことを紳士の友達なんて言ったけど」とキャロリン・チータムは言った。「でもそのことに何か意味があるわけじゃないわ」彼女は酔っぱらいがことばを丁寧に発音しようとする話し方で言った。「あなたは紳士で友達なのよ。紳士の友達じゃない。わたしの紳士の友達は紳士でも友達でもないもの」
 私はバーボンを少し飲み、少しコーヒーにいれた。
「ビリー」と彼女は言った。「どうしてミスター・スカダーが紳士だかわかる?」
「彼はご婦人のまえではいつも帽子をとるから」
「彼はバーボン党だからよ」と彼女は言った。
「それが彼女を紳士にしているのかね、ええ、キャロリン?」
「それが彼をスコッチを飲む偽善者のくそったれからほど遠い人間にしてるのよ」
 彼女は声を荒げたわけではなかったが、その言い方にはほかの客の会話を中断させるぐらいの棘があった。店のテーブルは三つか四つほど埋まっていただけだったが、それぞれみな同時に話すのをやめた。しばらくテープの音だけが流れた。私にもわかる曲だった。ブランデンブルグ協奏曲の中の一曲だった。それは今では私にもわかるくらい店でよくかかる曲だった。
 ビリーが言った。「アイリッシュ・ウイスキーを飲むやつは、キャロリン、なんになるんだね?」
「アイルランド人」と彼女は言った。
「なるほど」
「わたしもバーボン党なのよ」と彼女は言った。そして自分のグラスをぐいとまえに押し出した。「ちくしょう、わたしはレディよ」
 ビリーは彼女を見た。そして私を見た。私は黙ってうなずいた。ビリーは肩をすくめて彼女に注いだ。
「私につけといてくれ」と私は言った。
「ありがとう」と彼女は言った。「ありがとう、マシュウ」そこでまた眼に涙が溢れた。彼女はハンドバッグから新しいティシューを取り出した。


 妻殺しの嫌疑をかけられた依頼人には、キャロリン・チータムという愛人がいました。スカダーは成り行きで彼女とベッドをともにします。
 その一夜の結びつきゆえに、ラストでスカダーは哀しくも非情な行動をとるのでした。

 スカダーものを紹介するときはいつも引用が長くなってしまいます。呑んだくれの琴線にふれる描写が多いからでしょうね。
 基本的に一冊の本を記事にするのは一回限りと決めているのですが、本作については印象的な場面がほかにもあるので、もう一度か二度、取り上げるつもりです。

シリーズ・リスト

「過去からの弔鐘」 二見文庫 1987
「冬を恐れた女」 二見文庫 1987
「一ドル銀貨の遺言」 二見文庫 1989
「暗闇にひと突き」 ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1985
「八百万の死にざま」 ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1984
「聖なる酒場の挽歌」 二見文庫 1986
「慈悲深い死」 二見文庫 1990
「墓場への切符」 二見書房 1991
「倒錯の舞踏」 二見書房 1992
「獣たちの墓」 二見書房 1993
「死者との誓い」 二見書房 1995
「死者の長い列」 二見書房 1995
「死刑宣告」 二見書房 1996
「皆殺し」 二見書房 1999
「死への祈り」 二見書房 2002
「すべては死にゆく」 二見書房 2006  

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