2009年10月30日
スプリット・イメージ

近所のホームセンターで買ってきた観葉植物を子供の成長記録のように毎日カメラで撮って、人生にささやかな喜びを見出している、四十云歳、独身男です。
男は人を殺してみたくてしようがなかった。金なら腐るほどあるし、容姿は映画スターなみ。地位や名声にも恵まれている。それでも男は歪んだ欲望に衝き動かされ、一人の悪徳刑事を抱きこんである殺人計画を実行に移そうとしていた。そんな彼らに、いま一人の刑事が疑惑の目を向けたとき…
裏表紙ストーリー紹介より
1953年にデビューして以来、長らく不遇をかこっていたエルモア・レナードが、57歳にして一躍注目されるきっかけになった一冊が、この「スプリット・イメージ」です。
そして、「スティック」、「ラブラバ」、「グリッツ」、「バンディッツ」と話題作を次つぎに発表し、本国の爆発的な人気の高まりが日本にも伝播することになったのは、ミステリーの読者の皆さんならよくご存知でしょう。
本作も、作家のホームグラウンドともいえるフロリダとデトロイトを舞台にした、シンプルなストーリーながら、人を食った会話と肩の力の抜けたテンポのレナード・タッチの妙味が十分に堪能できる秀作です。
バーテンをやっているのは、初めて顔を合わせる、アートという名の若造だった。リリーの姿はない。まだ午後の四時だというのに夕食をとりにいったという。夕食だって? いったいどうなってんだ、近頃は? そういえば、店自体の雰囲気も以前とはちがう。だいぶ変わっている。唯一変わらないのは、ケスラーの値段がいまも一杯五十セントという点だ。昔はこいつ、“ポーランド人のカナディアン・クラブ”と呼ばれていたんだ、とウォルターが言うと、アートは答えた、いまだってそうすよ。
登場人物の一人が、デトロイトに戻って馴染みのバーに立ち寄った場面です。

ケスラーは、さすがにセブン・クラウンには及ばないものの、アメリカでは2番目によく飲まれているアメリカン・ブレンディッドです。
ブランドネームは、禁酒法が施行されるまで、ケンタッキー州でピーコック、パリス、のちにシーグラム社の主力プラントとなるオールド・ルイス・ハンター蒸留所を所有していた、ジュリアス・ケスラーに因んでいます。
ケスラーは、ハンガリーのブタペストの出身で、1870年代にコロラド州のリードヴィルでウイスキーの行商を始めます。もしかすると、1848年のハンガリー革命で故国を追われた亡命者の一族だったのかもしれません。
成功をおさめたケスラーは、1921年、禁酒法の影響からか事業に見切りをつけて引退します。そして、ヨーロッパに戻り、オーストリア・ハンガリー二重帝国が崩壊してまもないウイーンで余生を過ごしています。
ケスラー社は1935年にシーグラム社に買収され、このウイスキーも同社のブランドとなりました。15年ほどまえの「世界の洋酒辞典」には、「フォア・ローゼズをブレンドしている」と記されていましたが、ジム・マーレー氏は、「ジム・ビーム・ブランズ社の少なくとも4年ものの原酒に、72.5パーセントの割合でニュートラル・スピリッツが加えられている」と著書で詳述しています。
いっぽうが間違っているわけではなく、ジョージ・P・ペレケーノスの「友と別れた冬」のときに取り上げたマッティングリー&ムーアと同様に、1991年にシーグラム社がアメリカン・ブランズ社に売却した7つのブランドのなかに、ケスラーも含まれていたと考えるべきでしょう。
ブログの1回目の記事がレナードの「ムーンシャイン・ウォー」で、早くも一年近くが経ちました。次回、レナードの作品を紹介するなら、来年のいまごろ、「キルショット」でカナディアン・クラブか、「バンディッツ」でサゼラック社についてかな。
コーヒーとヤシの木もさぞかし立派に育っていることでしょうな。



