ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2009年06月27日

騎手ブレインの失われた栄光




















 弱冠22歳でグランド・ナショナルを制し、美しい婚約者にも恵まれたジョージ・ブレイン。それはまさに人生の絶頂だった。14年後、彼は酒と女と八百長に溺れ、当時の面影はすっかり失われていた。そんなブレインの前に忽然と現われた駿馬ヴァンテージ。騎手の本能が騒ぎ、再び誇りと自信、勝利への執念がよみがえってくるのを感じた時……。
裏表紙ストーリー紹介より

 競走馬と一緒に育った作者らしく、レースの場面の迫力はディック・フランシスにも劣りません。端正な訳文もいいです。とはいえ、冗長で読むのに苦労しました。プロローグの独白がどうエンディングに結びつくのかも分からずじまいで、フランシスの汗ばんで息つくような余韻は味わえませんでした。

「ジョージ」声がそっと呼ぶ。わたしの右手のドアからキルカノンがあらわれ、白い上着のウェイターをすばやくよけながら近づいてきて、指の長い、しみのういた手をさし出す。
「こんばんは」わたしは立ちあがる。
 淡いブルーの眼が笑いながらわたしの眼をのぞき込む。握った手はとても温かい。「いい考えがある」手をわたしの二の腕に移す。「こっちでもっと品よく新年を迎えよう。わたしと一緒に。特別なブランデーがあるんだ-一九一四年物だぞ-信じられるかね? 無骨な若造のチャールズにはわかるまい。きみとわたしにはわかる」
「ウィドウズ・ヴィンテージですか」ヒューッと口笛を吹く。「わたしは初めてです」
「ふむ」彼はドアを開き、一歩退いてわたしを通す。「ばかげたことなんだが、それはわたしが生まれた年でね。先見の明のある気前のいい名づけ親が、樽をふたつほどくれたんだ。一九五四年にデミジョンに詰めて、去年新しいボトルに詰め替えたばかりだ。選択は三つしかない。一、チャールズにやる。パワーズのブレンドのほうがよろこぶだろう。二、センスよりも金を持っただれかに譲る。三……」ボトルを明かりのほうへ掲げる。「呑んでしまう。このような向こう見ずにふさわしく、存分に味わって。かけてくれ、ジョージ、さあ」


 同じ年代ものなら、ぼくもコニャックよりパワーズのほうを喜んで選びますね。
 かのサミュエル・ジョンソンは、「クラレットは子供の、ポートは大人の酒。しかし、英雄たらんとするなら、すべからくブランデーを飲むべし」とのたもうたけれど、英雄でもなんでもないし。
 そもそも、ウィドウズ・ヴィンテージって、いったいなんでしょうか。

 アイルランド本国でもっとも人気の高いウイスキーがパワーズです。ネックラベルに描かれた3羽のツバメから、スリー・スワローズ、の愛称で親しまれています。
 7年にわたり熟成させたポットスティル・ウイスキーを70パーセントと高い割合でブレンドした、まさしくパワーに満ちたフルボディのブレンディッド・ウイスキーで、ジム・マーレー氏は、アードベッグなどとともに愛すべきウイスキーのひとつに挙げ、マイケル・ジャクソン氏は、「モルティ。ボディが豊かでバランスがとれている」と評しています。
 ただ、ボトルラベルのデザインが変わったころから以前の逞しさを失ってしまい、また、このところバーで見かける機会も少なくなりました。

 ジョンズ・レーン蒸留所は、ダブリンのリフィー川沿いに、1791年にジェイムズ・パワーが建設しました。1796年の説もあります。
 蒸留所は才覚に恵まれた息子のジョンによって、大いに業績を伸ばしました。19世紀末の英国のウイスキーの著述家、アルフレッド・バーナードも、蒸留所の大規模で近代的な設備に感心しています。
 成功したジョンは、のちにナイトの称号を授かり、ダブリンの長官にも任命されました。
 しかし、アイリッシュ・ウイスキーの凋落を追うように、ジョンズ・レーン蒸留所も1976年に操業を終え、パワーズの生産はミドルトンに移されています。

 ちなみに、ヨーロッパのツバメは、遠くはアフリカの南部で越冬し、繁殖のこの季節、数千キロを旅します。18世紀までは、小柄なツバメが渡鳥であるとは学者でさえ考えが及ばず、水中で冬眠するものと広く信じられていました。
 さきのサミュエル・ジョンソンも、

ツバメは確かに冬のあいだ眠っている。
まるくなってかたまり、それからその
かたまりの全部の鳥が水中に身を投げ出し
川底でじっとしている。

鳥の生活 マイケル・ブライト 著 丸武志 訳 平凡社

と、さも見てきたかのごとく詠っています。

 また、ツバメがトレードマークの酒は、ほかにコニャックのヘネシー、ブレンディッド・スコッチのジェームズ・マーチンなどがあります。





















 アイルランドとツバメといえば、オスカー・ワイルドの「幸福な王子」を思い出します。本を開くたびに涙ぐんでいた純真な少年も、いまではすっかり絵のなかのドリアン・グレイと化してしまいましたが。

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